2015年9月11日金曜日

審査の話

                                                                      H27. 9.10
 
 「審査」・・微妙なニュアンスが含まれる言葉です。とりわけ、評価について、その基準や正確さ、妥当性等、日頃からその在り方に気を遣う我々教員にはビミョウな含みをもつ言葉に思えます。
 自分の場合、幾度も剣道の昇段審査を受けてきたので馴染みのあるぶん扱いづらい言葉だとの印象を抱いています。私は、幸運にも比較的順調に昇段してきましたが先輩や仲間の中には随分と苦労されたひとが多くいます。特に、六段からは、全国審査にもなり合格率は一挙に低くなります。六段合格まで受験料や交通費、滞在費諸々で百万円費やしたと吐露する方もいました。剣道は、文字通り剣の「道」ですから、当然技量だけではなく人間修養の手段ですから極めんとする精神性が重要です。「気剣体の一致、懸待一致、残心・・」。極めて抽象的な概念を表す専門用語であり口頭で説明するのは困難です。全日本選手権大会のTV放送での解説者と実況担当アナウンサーの会話は時に苦笑いしてしていまいます。一方で、抽象的かつ高次の精神面での修養が求められる世界であるが故に奥深く、「道」所以たるものです。 
 その昇段審査は、高段位の審査員五名一組が会場ごとに配置され、受験者は二回の立ち会いを行います。一回の立会時間は1分程度。その僅かな時間でお眼鏡にかなわなくてはなりなりません。端から見ていて、このひとならというひとが駄目だったり、このひとはというひとが合格していたりということもままあります。大先生におかれましては、きっと未熟者には見えぬものが見えているのかと。ただ、審査用紙が返却されることも公開されることもないので、不合格の場合、どこが不出来であったのか、反省すべき点はなにか、今後の稽古に向けての改善すべき点はなんなのかすべて自分自身で考えねばなりません。つまり、客観的なデータが極めて乏しい中で自己と向き合い稽古を積んでいくことになります。尤も、そこにこそ魅力があり長くつづけていくことの要因にもなってるのですが。
 さて、過日の吹奏楽の全国大会の予選では、本校吹奏楽部は感動的な演奏を行いました。贔屓の表現ですが、澤邊先生がタクトをかざした瞬間から終わりまで、まさにキタラホールの場を支配していました。剣道でいうところの残心まで演奏後にも感じられました。成績発表までの心境は、全国大会で更に多くの人たちにこの演奏を聞いてもらえることができると確信に近い気持ちでした。結果を聞いて一瞬放心してしまいました。同時に、これ以上、どこをどう練習すればよいのか、生徒諸君にどんな言葉をかけようか・・しかし、審査結果は真摯に受けとめ捲土重来、次回を期待して会場を後にしました。
 帰校して審査結果の用紙を目にしました。評価項目は、技術と表現の2項目の10段階評価と特記事項欄。う~む。さすが音楽、芸術の世界。剣道の審査に匹敵する評価だな。巡り合わせがよければ来年こそは行けるのかなと。