2015年7月24日金曜日

一服の清涼剤

      校長室の花
                                                                      H27. 7.24
 
 華道部の生徒が、学校祭の展示の後、校長室に作品の生け花を届けてくれました。
 「咲ききって花のかたちをこえけるも」 いまも残像としてあります。
  今日、また、部活動で活けた花を届けてくれました。向日葵と霞草の組合せです。
 目下、この空間を支配しています。







裸の王様

裸の王様になりたくないので
                                                                            H27. 7.23

 ブログのアップが随分と空いてしまいましたが、7月は怒濤のような毎日で、この間、学校祭、野球の全道大会、各種講話、各種説明会、授業公開、学校説明会と行事やらなにやらが目白押しでした。年間行事の策定に遡って予見されていたものの、一息つく暇もなく夏季休業を迎えるにあたり、きつさを実感します。こうした中にあって、生徒諸君は真面目に学校生活を送っていること敬意を表すとともに、大過なくここまできたことに対し、指導にあたっておられる諸先生方、職員の方々に感謝申し上げます。
 さて、最近、頭の中をよぎる頻度が多い言葉に、『メタ認知』があります。専門的な定義や機能については割愛しますが、平たく言えば、「気づき、内省、自己の客観視、自己評価etc」であり、自分がどのような状態に置かれているかを俯瞰する(できる)ことです。特に、管理職になってからは戒めとしています。「私は自分が何も知らないことを知っている」と、かのソクラテスに及ぼうとはつゆ思わぬものの、平素から意識に努めています。学校経営のパートナーである教頭さんには、折に触れて傲慢になっていないかブレていないかをモニタリングしていただくことを心掛けるとともに多くの方々の話に耳を傾けるようにしています。自分の場合、とりわけ生徒のことになるとムキになってしまいコントロールが効かなくなりそうなのでとても大切なことです。
 折も折、自分の認識が誤っているのではないかと自問自答してしまうようなことがつづいています。そこには、こちらの考えが及ばぬような深遠な思考や判断が働いているのかと分析し熟考したものの、やはり変なのです。これが、教育現場で起こるとなるとその向こう側には生徒がいるのですからゆゆしき事態です。詳細は言いませんが不思議な感じすら覚えるようなことが起こります。勿論、その解決にあたるのが自分の仕事と心得ていますが。
 なにやら奥歯にものの挟まった物言いしかできなくてすみません。メタ認知能力の要素に抽象的な思考力も重要な要素ですから、皆さん、どうか汲み取ってみてください。
 7月25日(土)は、吹奏楽の地区予選演奏会があります。よい演奏であることは確実です。だって、メタ認知能力に秀でた顧問の方々の指導のもとに部員諸君は練習に励んでいるのですから。




                                                   

2015年7月3日金曜日

S先生の話

     
                                                                      H27. 7. 3
     
 お陰様で、野球部が、渡島支部の代表校として札幌円山球場への出場となりました。
 新聞各紙でも大きく取り上げていただきましたが、決勝戦は延長12回にサヨナラ勝ちをおさめる感動的な試合内容でした。「心を一つに」のスローガンどおりに、チーム一丸となった粘り強い試合運びで勝利を手中にしました。何よりも監督や部長との信頼関係のもと平素の練習結果を形に現したことが立派で嬉しい限りです。また、スタンドでの野球部員や全校応援の本校生徒の応援態度も立派でした。
 対戦チームの函館工業高校野球部の皆さんには、こうした試合のできましたことに感謝申し上げます。さらに、後援会や父母会、日頃から御支援していただいております方々、応援に足を運んでいただきました皆様に、この場を借りまして心から感謝申し上げます。
 さて、今朝の職員打合せで野球部部長のS先生から話がありました。
 その中で、「これからもひきつづき学校生活をきちんとし学業を疎かにしないよう部員の指導していきます。また、学校祭の準備にもきちんと取り組ませていきたいと思いますので先生方もよろしくお願いします」と、前日の全校応援への感謝の意を述べられる中で語っておられました。前回のブログのY先生も然り、指導者として斯くありたいと思いました。監督も、練習してきたことが勝利につながり嬉しいと話しておられました。
 みんなで、心から知高野球部を応援したいと思います。きっと、円山球場に知高旋風を起こしてくれるものと期待します。
 一方で、校長はひねもす考えます。知高野球部のファンが増えるのはよかばってん、部員がおかしなことに巻き込まれたりせんばよかが・・・、今後の応援態勢どげんすればよかかねえetc。
  そんな想いをよそに、先程の掃除の時間に話した野球部のN君は、私が「一夜明けて世界は変わりましたか?」と尋ねると、「気持ちはなにも変わりません。なによりも、もっと野球ができることが嬉しいです」と、当日の試合内容にも触れて爽やかに語ってくれました。
 周囲の期待とか外野の思惑にとらわれず、純粋に好きな野球を1日でも長くつづけられることをただ祈っています。そこにこそ、勝つことへの活路が開かれるものと考えます。















2015年6月23日火曜日

      Y先生の話
                                                                      H27. 6.21
     
 野球の夏の支部予選大会での話。
 初戦、初回裏の11得点を皮切りに、合計28点あげる猛攻で相手チームを退けました。試合中、いつもどおりスタンドの応援野球部員の後ろに陣取って観戦していましたが、この日も、野球部部長のY先生が部員にきめ細かな指導をしておられました。毎回の加点で勝敗の行方が見えかけたようなあたり、「ここで気持ちを緩めるなよ。しっかり声を出せ。相手チームは一生懸命戦っているんだ」と部員に檄を飛ばしておられました。日頃からの生徒指導の質、また、教育者としての資質能力の高さが伺えます。
 勝った負けたは別として、試合(試し合い)ですから、勝敗に至るまでの在り方が大切です。いわんや、子どもの心の成長を第一義とする教育に於いてはなおさらです。
 剣道部の顧問として指導にあたっていた頃、試合で明らかに技量の違う相手に突き技を出して勝って戻ってきた生徒を叱ったことがあります。僅か1パーセントの有効打突の決まり手で勝利し得意満面の表情を浮かべて戻ってきた彼をその時叱責しました。専門的な話になるのでこの紙面では割愛しますが、憤懣やるかたない表情の彼に、相手選手の心情を察するに余りある攻撃であったことを、また、勝ち方が大切であることをその後こんこんと説諭しました。
 この頃からだったからでしょうか。平素から、剣道はお互いであると事あるごとに口にするようになりました。また、自戒の言葉ともなりました。
 試合も教育もお互いです。
 Y先生はそのことを自覚して実践しておられる教員です。

2015年6月10日水曜日

この頃の野球部におもうこと

                                                                           H27. 6. 9
     
 休日の朝は、野球部の掛け声で目覚めるようにしている。正確には、自転車のブレーキ音で時間を推し測り、練習開始の発声を聞いてベッドから起き出す。個人の行動パターンによる時間の精度はかなり高く時計並みだ。校長公宅は、学校の敷地内にあり野球場に隣接し居間の正面は駐輪場なので、シーズン中の土日はこんな感じだ。
 朝食をとりながら耳を傾けると、聞こえてくる声にその日の部員たちのコンディションがわかるような気がして勝手な想像をする。強豪校の練習試合前にいつになく気合いが入っているな、大会前の練習で少し疲れが溜まっているのかな、などと、考えを巡らす。
 今年になって明らかに変化が現れた。常時耳にしているので声の質やリズムの違いがわかる。行動時間の精度も5分以内だ。素人目だが、それに呼応してきたかのようにプレーにキレがあらわれ集中力の高まりも認められて卒がない。準備や移動もきびきびしている。時に、グラウンドの空気を支配しているように感じられて頼もしく、また、見ていて清々しい。この一連のことが、普段の学生生活にも影響しているように思う。廊下を歩く様子一つにもメリハリがきいていて無駄がない。話しぶりにも変化があらわれてきている。
 そうした折、先日、地元の方からお褒めの電話をいただいた。生徒が、町中で見知らぬひとにもきちんと立ち止まって挨拶をし立派だとの旨。我校では当たり前のこの彼らの行為、ひとの心を打つのは心がこもっているからだと思う。形から入るという物言いがあるが内面の成長が現出しているものと考えたい。
 甲子園出場を果たしてから二十数年の時が経った。その栄光は大切に守りつつも、一層進化した野球部の活躍を期待したいと日頃から願っている。本校は公立高校であり、学習や特別活動、その他の教育活動の中にあって感性豊かに知性を高めバランスよく成長していかなければならない。限られた時間やルールの中で、いかに創意と工夫で練習の質を高め強くなっていくか、これからに期待したい。
 有名な部や強かった部が衰退したり勝てなくなっていくのに共通したプロセスがある。それは、身内から支援されなくなっていくということだ。存在感が大きくなり発言権も増していき、裸の王様状態となっているのを見てきた。強くなったあと、その状態を維持していくのは本当に難しい。平時にあって、意識して奢らず傲慢を戒め謙虚であらねばならない。
 メタ認知能力も指導者に要求される。昨日、「よくなってきた手応えを感じますね」と、話しかけると、顧問曰く、「まだまだです。授業中も教科の先生方に助けられています」と、謙虚にお答えいただいた。顧問をはじめ、先生方の支援と指導に期待が高まる。生徒諸君が野球部を引退した後、ただの人にしてはならない。
 もうじき夏の大会が幕を開ける。きっと、白球を追う知高野球部の溌剌としたプレーに多くの人たちが心ときめかすことだろう。
追記 挨拶を交わす時、こちらも立ち止まって正対するのが礼儀なのは重々承知なのだが、加齢のせいか蹴躓いてしまいそうになるので、どうか、ご寛恕願いたい。                                  
                               
   

2015年6月3日水曜日

平成の大教育改革?とアクティブラーニング・八っつあん熊さん

                                                      H27.6.1

八っつあん(以下、八):「世の中に蚊ほどうるさきものはなし。ぶんぶというて夜も眠れず」って知ってるだろう?
熊さん(以下、熊):それって、昔々、なんかの改革ってやつでお上がとった政に、どこの誰だかが皮肉って詠んだってやつだよな。文武両道だの質素倹約だのってやたら締め付けるんで閉口したって、確か昔の瓦版に載ってんの見たな。
八:そうよそうよ。なんか最近似たようことを耳にしたもんでな。
熊:なんだいそりゃ?いい大人になっても寺子屋通いのおめえのこった、なんかまた小難しいこと言い出すんじゃねえだろうな。
八:それがよう、「アクティブラーニング、アクティブラーニング」って、やたらお上が口にするらしいんだがさっぱりわかんねえってうちの先生がぼやいてたんだよな。
熊:なんだい、あれかい。最近流行りの伴天連言葉ってやつかい? 
八:どうも、数年後に、そのアクティブラーニングってやつが、藩校や学問所、寺子屋で
一斉に始まるらしいんっていうんだが、うちの賢い先生にしたって中身がよくわかんねえらしんだ。ただ、今までみたいに「子曰く・・」って、先生がありがたーく講義するのを聞いている訳にゃいかなくなるらしいんだな。
熊: じゃあ、直にお上にきいてみりゃいいじゃねえか。なんなら、おいらがひとっ走り番屋にでも聞きに行ってきてやろうか。
八:そうかいそうかい、そうしてもらえりゃうちの先生も安心しようってもんよ。韋駄天の熊さん、任せたぜ!
・・・・・             
八:おう、お帰り。でも、随分と時間くったじゃねえか。それになんだか冴えねえ顔しやがってどうしたんだい。首尾はどうよ?
熊:それがよう、誰に聞いてもさっぱりなんだよ。結局の所、誰もよくわかんねいらしいんだな。番屋の親分じゃちんぷんかんぷんなんで与力の旦那に聞いたんだがわかんねえ。そんでもって奉行所のお偉いさんにまで取り次いでもらったんだが、今んところわかっているのは、そのアクティブラーニングってやつが数年後に始まるから各自心得ておくように、ってえことぐらいなんだな。近頃じゃ、黒船は来るわ、隣の清国は英吉利にやられたってんでお上もうかうかしてらんねえ、異国とわたりあわなきゃなんねいから人づくりに躍起らしいんだ。それから、こうも言ってたな。今までだってまんざらやってなかった訳じゃねえからそう心配するこたあねえって。そのうち、詳しいことはお達しがあるってよ。
八:そうかい、そうかい、そりゃご苦労だったな。こっちとりゃ、なんだか皆目検討もつかねえが、まあ、頭のいいお偉いさんの考えることお上のなさるこった。こっちとらも別にケチつけようって訳じゃねえし、まあ、なんだな。ひとつお手並み拝見と決め込もうじゃねえか。寺子屋の先生にもそのうちお達しがくるだろうしよ。
熊:そうだな。それより、喉が渇いた。どうだい、これから一杯キュウッてのは?
八:いいねいいね。今日んとこは面倒掛けたな。今夜は、俺っちのおごりでい!
熊:おうっ、ゴチになるぜ。      




                           

2015年5月29日金曜日

高体連集約大会 -部活動、それぞれの思い-

                                                                           H27.5.29

  先週から今週末にかけて高体連の春季大会が行われています。本校には、六つの体育系の部がありますが、目下のところ、陸上部が全道大会への進出を決めています。昨年度は、野球、陸上、サッカー部が全道大会へ進出しており、二間口の本校にあっては、よく健闘していると思います。
 いくつかの種目を視察・応援してきました。
  その中で、女子のバスケットボール部は、155 対 6 の大差で敗退しました。試合直後、顧問に「生徒は一生懸命頑張りましたが、それにしても大差がつきましたね」と、率直な感想が思わず口を突いて出ました。それに対して「マネージャーや助っ人を加えて7人のチームで生徒は最後まで精一杯頑張ったと思います」 との言。敗軍の将、兵を語らずではありませんが立派だと思います。生徒数の少ない郡部校にあっては、他校との合同チームでの出場も最近では珍しくなくなりましたが、知内高校のユニフォームを揃って着て出場したことには意義があります。ゴールを決めた時、ハイタッチを交わす彼女たちの開け放したような笑顔が印象に残っています。
 部員数も多く、指導者や練習環境に恵まれ全校大会出場を視野に入れた所謂強豪チームの部があれば、地区大会での先ず一勝を目指す部もあり目標も違います。平素の練習量も違えば結果の受け止め方も様々で評価も異なります。 
 また、指導者について考えると、顧問がその種目の専門性を有していることの方が少ないと思います。自分も初任当時4年間、門外漢の部の顧問となりましたが、生徒と一緒に汗を流すのと練習環境を整えることで精一杯でした。一方で、経験種目の顧問を務めることになったらなったでそれも大変です。生徒や保護者、地域の方の期待は大きく結果を出すことのプレッシャーがかかりますし、何よりも自らの指導力向上のための修養に努めなければなりません。道具やその他に係るお金もそれなりです。休日も返上です。時間外勤務の縮減への取組が大きく取り上げてられいますが、その大きな要因が部活動指導であることは皆認識しています。極論をいうと、諸外国のクラブ活動のようになるのが解決の近道です。それをいうとみもふたもありませんが。
 これが、公立高校の部活動の実際です。
  なにやら、後ろ向きのような記述になりましたが大意はありません。こうした中で、それぞれの部の活動の在り方があり生徒と先生方は部活動に取り組んでいます。顧問は、目標や夢に向かって歯を食いしばって努力する態度を育てたいという思いや、前述のような生徒の一瞬の笑顔を垣間見ることの束の間の喜びのために指導にあたっています。
 さて、今週のバドミントンはどうかな?